9 罰 本稿では,社会心理学や行動経済学などの知 見を交えながら,罰と秩序維持との関係につい ての研究を紹介する。罰と聞くと穏やかではな いイメージを抱かれるかもしれない。しかし, 犯罪者や脱税者を取り締まる警察署や税務署な ど,規範逸脱者への罰が社会を支える上で必要 不可欠であることは疑いようのない事実であ る。そして,規範逸脱者への罰を促す心理メカ ニズムが私たちに強く備わっていることを,こ れまでのさまざまな研究が示している。 社会的ジレンマと罰 まず罰の話に入る前に,罰が必要となる状況 である「社会的ジレンマ」について説明する。 社会的ジレンマとは,個人の利益追求が集団利 益の損失を招く状況のことを指す。ハーディン による「共有地の悲劇」を挙げながら,どのよ うな状況であるかを説明する(Hardin, 1968)。 農民たちが自身の所有する羊を自由に放牧でき る共有地がある。羊をたくさん放牧すれば,羊 をたくさん育てることができ,農民は多くの利 益を享受できる。しかし,共有地周辺の農民全 てが自分の利益だけを考えて羊を過放牧すれば 共有地の草は枯れ果て,誰も放牧できなくなっ てしまう。すなわち,社会的ジレンマとは個人 が利己的に振る舞うことで,結局全員の損失に つながってしまう状況である。社会的ジレンマ は,学校の掃除や地球温暖化など身近な共同体 から国家レベルまでさまざまな現実社会の協力 の問題に当てはめることができ,人間が集団を 築いて生活する以上,避けることのできない問 題であるといえる。 ここで,社会的ジレンマの解決策として容易 に思いつくのは,利己主義者を罰する制度の導 入であろう。罰を受けて損をすることになるな らば,利己主義者も罰を避けて集団のために協 力するようになるだろう。この解決策は一見良 いアイディアのように思えるが,理論的には そう単純にうまくいかない。なぜならば,利 己主義者を見張ったり罰を与えに行ったりな ど,罰の行為自体にもコストが掛かるからであ る。自分は罰のコストを負担せず誰かに罰を任 せるほうが得ならば,誰も罰のためのコスト を負担しないだろう。罰の導入は結局,「罰の コストを支払うことに協力するか」という新た な社会的ジレンマを生み出すことになり,この 問題は「二次のジレンマ」として知られている (Yamagishi, 1986)。 利己主義者への罰に関する実験 このように,理論的には罰による社会的ジレ ンマの解決は困難であるが,現実の人間は自己 利益を顧みず積極的に利己主義者を罰すること が行動経済学などの実験研究で示されている。 以下に,代表的な例をいくつか紹介する。 まずは,「公共財ゲーム」と呼ばれる社会的 ジレンマ状況を反映した実験ゲームである。公 共財ゲームでは,実験参加者同士でグループを 作ってお金を使ったゲームを行う。仮に,4人 のグループがあるとする。4人にはそれぞれ,
人間社会の秩序を支える罰
帝京大学文学部心理学科 講師堀田結孝
(ほりた ゆたか) Profile─堀田結孝 2011年,北海道大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(文学)。日本学術振 興会特別研究員PD,国立情報学研究所ビッグデータ数理国際研究センター特任助教を経て,2016年より現職。専門は社会心理学,進化心理学。論文は「Punishers may be chosen as providers but not as recipients」「Observation enhances third-party punishment only among people who were not hot-tempered」(いずれもLetters on Evolutionary Behavioral Scienceに掲載)など。
10 元手として100円が実験者から与えられる。4 人はそれぞれ,元手の100円の中からいくら を「公共財」に提供するかを決める。提供しな かった分は,自分の手元に残る。公共財に提供 された金額の合計を0.4倍した金額が,グルー プの各メンバーに分配される。例えば,3人が 100円を公共財へ提供し,1人が全く提供しな かった場合,公共財に提供された金額の合計は 300円で,その0.4倍の120円が4人に分配され る。全く提供しなかった人は,自分の手元に残 した100円を合わせて,合計220円を受け取る (図1)。このように,公共財ゲームでは個人に とってはお金を提供しない(集団のために協力 しない)ほうが得である。しかし,誰も提供 しなければ獲得金額は全員元手の100円のまま で,これは全員が100円を提供したときの獲得 金額である160円(=400円×0.4)よりも少な い。この公共財ゲームを繰り返し行うと,回数 を経るごとに公共財への提供額が低下していく 傾向にある。 では,お金を提供しない人を罰する仕組みを 加えたらどうなるだろうか。フェアとゲヒター (Fehr & Gächter, 2002)は,公共財への提供 額の決定後に他のメンバーを罰するオプション を加えて実験を行った。他のメンバーを罰する 場合には,自分の手元の金額から罰のための費 用を支払う必要があり,支払った費用の3倍の 金額が罰のターゲットから差し引かれた。フェ アとゲヒターの実験では,参加者のうち約84 パーセントが少なくとも1回は罰のための費用 を払い,罰のある条件は罰のない条件よりも公 共財への提供額が大きく上昇する傾向にあっ た。その後も罰付きの公共財ゲーム実験は数多 く行われ,多くの人々がコストを掛けて利己主 義者を罰する傾向にあることが示されている。 次に,「最後通牒ゲーム」を紹介する。最後 通牒ゲームでは,分配者と受け手の間でお金の 分配を行う。分配者は受け手に分け方を提案 し,受け手はその提案を受け入れるか拒否す るかを決める。受け入れた場合は,お金は分 配者の決めたとおりに分けられる。拒否した場 合は,分配者と受け手両者とも受け取れるお金 がゼロになる。例えば分配者に800円,受け手 に200円という分け方を受け手が提案された場 合,ゼロ円よりかは200円をもらったほうがま しなので,受け手が自己利益を追求する人間な らば,どんなに不平等でも常に受け入れるはず である。しかし,この予測とは反し,これまで の数多くの最後通牒ゲーム実験は,受け手が不 平等分配を非常に高い確率で拒否することを示 している(Camerer & Thaler, 1995)。このシ ンプルな実験は,自己利益を犠牲にしてでも利 己主義者を罰したいという欲求が人々に強く備 わっている証拠として挙げられてきた。 公共財ゲームと最後通牒ゲームでは,利己主 義者を罰する者は利己的行動の直接の被害者で あった。これに対し,「第三者罰ゲーム」を用 いた実験研究は,人々は直接の被害者の立場で なくても,利己主義者を罰する傾向にあること を示している。第三者罰ゲームでは,まず分配 者と受け手の間でお金の分配が行われる。仮 に,分配者が1,000円を自分に800円,受け手 図 1 公共財ゲームの例
11 罰 に200円で分けたとしよう。次に,別の第三者 にその分配結果が知らされ,第三者が分配者 を罰するかを決める。第三者には500円が渡さ れ,そのお金のいくらかを使って分配者のお金 を減らすかを決める。第三者が支払ったお金 の3倍の金額が,分配者の獲得金額から差し引 かれる(図2)。最後通牒ゲームでは受け手が 分配者を罰する(分配を拒否する)かを決めた が,第三者罰ゲームでは受け手とは異なる別の 第三者が決める。初めて第三者罰ゲーム実験を 行ったフェアとフィッシュバッハーの研究では (Fehr & Fischbacher, 2004),第三者の役割と なった参加者のうち約60パーセントが不平等 分配をした分配者に罰を与えた。その後の研究 でも「第三者罰」を行う人が少なからず存在す ることが確認されている。 罰の背後にある心理メカニズム これらの例からもわかるように,現実の人間 は自己利益を犠牲にしてでも利己主義者に対し て罰を行う。罰が規範を支えるために行われる ものならば,罰は協力を追求する動機と強く結 びついていることが予想される。行動経済学で も,罰行動は公正さに対する選好の現れである 規範維持行動として捉えられてきた。 しかし,これには懐疑的な意見もある。例え ば最後通牒ゲームでの拒否のような仕返しとし ての罰には,社会的公正を侵害されたことへ の義憤だけではなく,自分が軽く扱われたこ とへの私憤を晴らす側面もありえる。山岸ら (Yamagishi et al., 2012)は最後通牒ゲームで 不平等分配を拒否した者が他の実験ゲームで必 ずしも協力的に振る舞うわけではないことを示 し,最後通牒ゲームでの拒否は必ずしも公正や 協力をめざした行動ではなく,軽視に対する反 発としての行動の現れである可能性を主張して いる。仕返しとしての罰は相互協力を目標とし た動機とは無関係であるが,結果として利己主 義者を抑制し,規範維持としての機能を果たす のかもしれない。その一方で,第三者罰は協力 傾向と関連する可能性を示す知見もある(李・ 山岸, 2014)。 罰と評判との関係 現実の人間には利己主義者を積極的に罰する 傾向が備わっている一方,依然として先述の二 次のジレンマの問題は残されている。二次のジ レンマの解消の鍵の一つとして近年,罰の背後 にある評判の利益が注目されている。利己主義 者を罰することで周囲から好意的に評価され, 罰を行使しなかった者よりも有利に扱われるな らば,一時的なコストを払ったとしても長期的 な視点で見れば罰は報われることになる。 では,罰を行使することで良い評判を獲得で きるのだろうか。これに関しては近年検討され ているが,罰のメリットを示す研究もあれば, デメリットを示す研究もある(詳細なレビュー は,Raihani & Bshary, 2015を参照)。例えば 筆者の過去の研究(Horita, 2010)では,公共 財ゲームや第三者罰ゲームでの罰行使者は,他 の人から信頼に足る人物として評価される一 方,親しみにくい印象を抱かれやすいことが示 唆されている。これらのことから,非協力者を 罰した人は単純に「良い人」と評価されるわけ ではなく,罰がもたらす評判には多様な側面 があると解釈できる。例えば一つの側面とし て,「公正な意図を持った人間」という評判が 考えられる。罰が復讐などの私怨ではなく協力 的な意図による正当な行動と認識されれば,公 正な振る舞いが重視される場面では罰行使者は 信頼に足る相互作用の相手として選ばれる可能 性にある(Barclay, 2006)。他にも罰の評判と して,強さを示す側面も考えられる(Hilbe & Traulsen, 2012)。利己主義者を罰することで 「不公正な扱いをされたら必ず復讐する」こと 人間社会の秩序を支える罰 図 2 第三者罰ゲームの例
12 を周囲に信じ込ませれば,将来に渡って不公正 な扱いをされ続けないで済む。逆に罰のコスト を惜しむ人間は,周囲から不公正な扱いをされ 続ける結果に甘んじることになってしまう。こ のように,他者に強さを示すことが必要な文脈 では,利己主義者を許さない人間であることの 評判は有利に働くと予想される。最後通牒ゲー ムでの拒否のような軽視に対する反発としての 罰には,このような利益が期待できるかもしれ ない(Yamagishi et al., 2012)。 その一方,強さの誇示は親しみにくい人とい う評判をもたらすことで,相互作用の相手とし て避けられるデメリットを伴うことも予想され る。つまり,罰が行使者に有利に働くかは,罰 行使者の置かれた状況や行動がどう帰属される かにも依存する可能性にある。罰と評判の関係 については引き続き検討が必要な課題である が,罰行動の背後にある動機や有利になる環境 にも注目するなど,多様な観点からのアプロー チが必要であろう。 おわりに 以上,罰と秩序維持との関係についての研究 例を紹介してきた。ここで紹介してきた研究 では,警察や裁判所といった中央集権による フォーマルな罰制度ではなく,共同体成員が自 らの手で利己主義者を罰するインフォーマル なかたちの罰を扱っている。中央集権制度は近 代において作られたものであり,私たちヒトの 進化の歴史はそれらの制度のない世界で満ちて いたはずである。現代においてでさえも,学校 や職場での揉め事をいちいち裁判所に訴えたり などしないように,公的な制度に頼る場面のほ うが少ないといえるかもしれない。2009年に ノーベル経済学賞を受賞した政治学者オストロ ムは,世界各地の共有資源の多くが共同体の構 成員たちによる自発的な制裁によって維持され てきた点を指摘している(Ostrom, 1990)。イ ンフォーマルな状況においても人々はいかにし て秩序問題を解決してきたのか,解決に導く心 理メカニズムとは何かについての問いは,人間 社会の大規模な協力の成り立ちを理解する上で 重要な問題であるといえよう。 文 献
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